北九州チャンピオンズカップ
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大会の歴史

昭和42年、 脊髄損傷者などによる車椅子バスケッ トボールのクラブチーム 「足立クラブ」 が産声を上げ、 北九州市における車椅子バスケットボールの歴史がスタートする。
昭和50年代にはクラブの活動も活発化し、全日本代表選手を輩出するまでになる。 足立クラブが全国制覇の偉業を成し遂げたのもこのころである。
同時に、九州で大会も開催されるようになり、大会を支えるボランティアの活動も徐々に盛り上がりを見せ始める。
平成2年福岡県で開催された「第26回全国身体障害者スポーツ大会」では、 北九州市総合体育館が、車椅子バスケットボールの大会会場となり、これを契機に、翌年から記念大会として「西日本選抜車椅子バスケットボール選手権大会」が開催されるようになった。
 その後、平成7年に全国選抜大会、平成10年には東アジア大会と徐々に規模も大きくなった。

平成14年8月(2002年)、サッカーのワールドカップのように4年に一度行なわれる車椅子バスケットボールの世界選手権大会「北九州ゴールドカップ」が、北九州の地で開催された。 開催にあたっては、「市民による手作りの大会」 「バリアフリーなまちづくり」 をコンセプトに車椅子バスケットを通じて、 多くの市民の力が結集し、 大会10日間で8万人を超える観客を集め、大成功を収めた。
翌年(2003年)から、ゴールドカップの成果を継承し、北九州市が「バリアのないまちづくり」を象徴する大会として、 「北九州チャンピオンズカップ国際車椅子バスケットボール大会」を開催する。
そして、本大会は、2015年第12回大会を開催した。